いわきサンマリーナで燃料と生鮮食品を補充し出港できたのは、6月8日、快晴の日の正午マリーナを出て4日目、南の海上で熱帯性低気圧が発生した、この頃から風は向かい風の東よりで悩まされ、今日は北東風20m/s、波5mさらに3日後、しっかりと熱帯低気圧の中にいた、北の海はとても寒かった。
天気図では高気圧の中であっても太陽は一向に姿を見せない、霧が海面を覆っているようであった。来る日も来る日も船は行く手をさえぎるかのような向かい風の中、東へ北へと舵を切って進んだ。
この付近は寒流の影響を受けるらしく、潮の流れにのって来たのか、船の後ろをアシカがせっせと泳いでついてくる。目をあわせるとくるりと尻尾を見せて波間に消えた。
気温は船内でも6―9度前後であり、気圧計は90%超の目盛りのないところで壊れてしまったかのように動かない、私達はフリースを2枚重ねてその上から防寒用のジャケットを着込んだ。
重く垂れ込めた灰色の曇り空に冷たい霧雨ばかりの毎日で、うっとうしい天気が続く。
私たちは、気象ファックスの電波をHFトランシーバーで受信しパソコンで解析して天気図を取った。かなり、広範囲に見ることができ、とても便利なもので、九州沖で発生した小さい低気圧が、その後確実に発達し、次に見るときはしっかりとゲールウォーニングとなり私達のいる海域にまっすぐ向かってくる経緯を確認できる。
しかし、私にとって、この便利さは逆に苦痛であり、恐ろしかった。
夫は現実主義の性格で状況を直視し解決策を考えて行動する。
私はできるならば都合の悪い現実からは目を背けていたい。
「いわきサンマリーナ」を出てから2週間ぐらい過ぎた頃、夕方から海は荒れだした。
それまでも、低気圧と低気圧間の穏やかな日は1日程度の感じで、夜間は急な風の変化に備えトライスルセイルとインナージブセイルで走ることが多かった。
夜間に吹き始めた風は遠くで雷光を伴いゆっくりと近寄ってくる感じがした。
「船に雷が落ちたらどうなるの?」
「その時は仕方がないでしょう。とりあえずバッテリースイッチを切って待とう。」
という会話の直後、すぐ近くで落雷らしい耳をつんざくような轟音と大雨。
寝ていた娘の頭上から雨水とも海水ともわからないものが浸水してきたらしく、『うわっ・・冷たいー。』顔をぬらしたと大騒ぎで飛び起きてくる。
スルーデッキマストの天井付近から雨水が漏れたらしい大急ぎで浸水箇所をビニールで覆うも、船内の湿度が高すぎて湿気ておりガムテープが貼りつかない。
応急でゴミ袋を天井にビス止めしてそこからマストを床まで覆い、その場をしのいだ。
翌朝、ひどく破れたトライスルを見て、思わず力が抜けてしまった 。
これまで、一番使用頻度の高かった大切なセイルである。なくては困るのだ。
その日、夫は1日中セイルを修理し、なんとか素人修理が完了した頃、新たな、発達中の低気圧が天気図上に現れそれは、ゲールではなく、すでに『ストームウォーニング』だった。
「さあ、今度は長丁場になるぞ」数日間、ガスコンロは使用できないだろうと思い、3日分のおにぎりを作りジャガイモをコンソメで煮て水筒にお湯を沸かした。
6月18日、昼前から、風が止まり波が消えた。
船は全く動かず、海面は鏡のように光る凪。
イルカがいつものように船の周りで遊び、流線型の体をクルクルと回転させて華麗なダンスを披露する。
無機質な景色の中、この幻想的な美しさにしばし現実を忘れるくらい、見とれてしまった。このまま、静かな海がずっと続けば良いのにと思っていたが、日没頃から嵐の兆候が始まり翌日、祈りも空しく、ストームはまともに私たちの船を襲ってきた。
今回は、走れまいと判断した夫は、夜のうちにシーアンカーを流していた。
気圧計はどんどん下降して987hp風は25mぐらいか?
波の大きさは船内からだとわからない、時々デッキの上を大波が通り抜けていく、船が波に対して横に触れてくると船体を叩く大きな炸裂音とともに、船は横波を受け、ぐっと傾き、体を横にしていないと確実に吹っ飛ばされた。
私はこわくて怖くて、食事は何も喉に通らず、3人並んでバースに横になりながら生まれて初めて命の不安を感じたのだが、夫と娘はタッパーウェアの中のおにぎりを、体を横にしたまま、むしゃむしゃと、食べ続ける。「塩が薄い。」とふりかけまで欲しがり、寝たまま手を伸ばして食品庫をまさぐっている。全くタフな二人である。
シーアンカーを流してしまえば、風と波が収まるまでは回収できず、その間じっと船の中で耐えるだけである。こんな状況でも、2日目には揺れにも慣れ、退屈になる。お腹も空くし腰も痛い。
犬まで、いつもの時間に『ワン』と餌をねだる。
同行している犬は10歳の老犬で、白内障のためか視力が衰え、乳腺に小指頭大の腫瘍も数個ある。それに、食に関しては気ままな犬なのだが、航海に出たとたん、食い意地が張り、どんな時でも何でも良く食べた。
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