海面にせり出すように目の前に開聞岳が見えてきた

朝の光が開聞岳の山肌を黄金色に染めている。

錦江湾の入り口開聞岳
東北の鳥海山は、厳しい寒さの上に猛々しくせり出す様に目を奪われた が、こちらは錦江湾にはいる船を暖かく見守る大地の母といった印象である。
その昔、黒潮の流れる時化の中で目にする開聞岳の姿を、穏やかな母の懐にも飛び込む気持ちで船を一路北へと走らせたのだろうか。
静かな錦江湾に入り、

 後ろは鹿児島の桜島
4月15日午後1時、私達は鹿児島県の谷山港に入港し、鹿児島マリンサービス(KMS)前の岸壁に舫いをとった。
ここは、長距離航海中のヨットを数多くサポートしているマリンサービスである。長距離航行中、何らかのトラブルに見舞われた外国艇のサポートもされており「KMSまで行け ば、何とかなる。」という安心感を多くの船に与えている。
先に入港していた『フォクシーレディ』の森下さん、仲間さんと真っ黒に日焼けした『海連』の今給黎さん(キューリ)が迎えて下さった。
KMSに停泊中、私達は森下さんの自宅や霧島の別荘に泊めていただいた。
彼女は自艇で幾多の海外のレースに参戦してきたツワモノだけれど、きめ細かな心配りで周囲に気を遣う優しい女性である。
                            
このあとも私達は、鹿児島出港から宝島まで、『フォクシーレディ』とランデブー航海の5日間、毎夜彼女の手作り料理を堪能することになる。
KMSでお世話になったキューリさんは、単独無寄港世界一周を成し遂げた有名人である。素顔の彼女は、気さくで、素直な気持ちを言葉で表すのがとても上手な女性だった。

KMSにてキューリさんと

川口さん
私は以前からお聞きしたかった質問をしてみた。
「世界一周中、海で何か不思議なモノ見ましたか?」 と聞くと、「海のド真ん中でアメンボを見た
よ。」と答えてくれた。
大学の研究者の推測によると、おそらく彼女の見たものは、風に乗り空を飛ぶ蜘蛛であり、貴重な研究資料となるため、GPSで位置を表示しながらビデオに撮るべきだったと悔しがっていた。
奄美大島出身の川口さんは、キューリさんの友人で照れ屋で優しい男性である。
彼は、昔から島の呪詛として人々が頼りにする『ユタ』でもある。私達の娘は、「あんたを守っている動物霊は『象』だな。」と言われ、なんとも複雑な顔をしていた。

赤いジャンパーが中村さん
私達の『ハーモニー』は、鹿児島の隼人に住む『カリプソ』の中村さんから譲り受けた。
今回せっかくここまで来たのだからと、桜島見物を兼ねて隼人港に「里帰り」のため出かけた。
この港は港湾案内には載っていない。干潮で入港する時は、掘られた 水路を通らないと、確実に座礁する、とても危険な港だった。
事実、翌日のレースに来た地元艇が、2度も座礁し、漁船に曳航されている。
私達も自力で港に入る自信がなく、入り口で待っていると、猛スピードで小船を飛ばして中村さんが水先案内に駆けつけて来て下さった。
「懐かしいですよ。これで香港から大阪までの帆船レースに出ましたからね。」とご機嫌で舵を握り難なく入港する。この方は豪傑を絵に描いたような人だ。
その夜は中村さん宅で美味しい夕食とお酒をご馳走になり、楽しいひと時を過ごした。

谷山港に戻り、そろそろ出港準備を始めた矢先、この時期にはめずらしく、台湾で停滞している台風2号が北上してきた。
4月に台風が北上してくるとは予想外だったのだろう。
トカラ列島を航行中の外国のヨットが遭難信号を出しているとKMSに連絡があった。
これから台風シーズンに南に下る私達にとっても他人事ではないのだ。

4月26日、水600リットル、軽油400リットルを満タンに補充し、谷山港を出港した。
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