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2月17日 BORINAO |
サンフェルナンドを出港し、30マイル先のボリナオに入港した。
ガイドブックには『台風がきても大丈夫なアンカリングポイント』と書いてある。
確かにS字に蛇行しながら入江の奥まで入るのだが、いつまでも底は深く水は濁り、何も見えない。辺りには、番屋付のいけすがいくつも設置されている。ここでは、バンカー(アウトリガー付の大小さまざまなカヌーのこと)がひっきりなしに往来するので、落ち着けないだろう。
私達は、フィリピンでリタイア後の人生を送る、アメリカ人ボブの所有する、カタマラン『CAT
HOUSE』に横抱きしてもらうことにした。『フォースエイト』からボブの話は聞いており、「デイブとサンディの友人だ」と言うと、快く舫わせてくれた。 |
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キャットハウスに横抱き
されるハーモニー |
トライシクルという
乗り物 |
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「フィリピンはなんでも高いぞ。それに役人はマネー マネー、ばかりだ。でもマレーシアはいいよ。役人も友好的だし、物価も安い、ヨット乗りの天国だ。この北東風が吹いているうちに南に下りなさい。私が良い所をおしえてあげるよ。毎年この船で行ってるんだからね。」と言う。
私達は、これからパラオに向かう予定でいたのだが、なぜか話が違う方向に向いている。翌日ボブの奥さんが町に買い物に連れていってくれた。
近くの桟橋から『フェリー』とよぶ大きなバンカーで1キロ先まで渡る。 |
それから、トライシクル(バイクにサイドカーが付いた乗り物)で、市場まで走る。
フィリピン人の彼女と一緒なので全てがスムーズだ。
フェリーに一人5ペソ(10円)バイクにも同じ料金を払った。
2月22日、久しぶりにプエルトガレラにいる『シークエスト』からメールが入った。
8年前、彼らはNZから4年の歳月をかけて、北上し、和歌浦港に寄港した日、私達は出会った。当時、私達は、いつかクルージングに出たいという計画だけで、その具体的な知識、技術とも、全く持っていなかった。私は港に停泊する『シークエスト』を見て、とても興奮した。 |
そして、どうしても彼らには、和歌浦にいて欲しかった。聞くと、2日後には、北港ヨットハーバーに行くという。その後、WOYCの方々のお世話や、浜の宮マリンサービスの花田氏のお世話で彼らは2年半、和歌浦に滞在することになった。
その『シークエスト』と、プエルトガレラで会う約束をしていたのだけれど、彼らのタイムリミットである2月20日はもう、過ぎていた。
「あなた達、今どこにいるの?私達はずっと待っているのよ。風が変る前に南に行きます。とにかく急いで早くいらっしゃい。いいわね。」という内容のメールだった。
「プエルトガレラだと?あそこは観光地だから、なんでも高いぞ。スービックベイで燃料を入れて、そのままパラワンに行きなさい。私も来月KK(コタキナバル)まで行くから、また会おう。」
そんなボブに見送られてその日の午後、ボリナオを後にした。
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