2002年5月22日 1隻のヨットが和歌浦フィッシャリーナから太平洋に向けて出向しました。
現WOYC会長 高田 徳雄オーナーのHarmony <Pacific 40>での太平洋クルージングレポートを順次再掲します。尚、全記事は旧サイト内【ハーモニー航海記】でご覧いただけます。
航海計画
下記に書かれているのは、2002年4月19日に高田さんからWOYC事務局に届いた最初のメールです。
高田さんが家族とともに太平洋一周の航海に出かけるという内容のメールでした。
5月15日頃、家族3人と犬1匹を連れて、アラスカへと出航いたします。 その後 カナダで越冬し、サンフランシスコへ南下します。 航海計画を以下に記載しております。ご覧下さい。 船はまだ大和造船で,メンテの最中です。 4月25日頃には和歌浦に戻れると思います。 しばらく出航まで、ゲストバースに係留させて頂きます。 また、5月3日から5日の間、お世話になっている方々へご挨拶というかたちで『オープンボート』とさせていただきます。 お忙しいとは思いますが、ぜひお時間を作って、のぞきに来て下さい。 また色々な長距離航海へのアドバイスなどもいただけるとありがたいです。 「ハーモニー」 高田 徳雄
2002年5月中頃 | 和歌山市和歌浦漁港出港 |
2002年6月 | アラスカ アリューシャン列島 ウナラスカ島内ダッチハーバー寄港 |
2003年 | カナダ バンクーバー周辺 寄港 アラスカ パラノフ島 シトカ寄港 アメリカ カリフォルニア州 サンフランシスコ湾寄港 アメリカ サンタカタリナ島寄港 アメリカ サンディエゴ寄港 |
2004年 | アメリカ バハカリフォルニア寄港 メキシコ寄港 ガラパゴス諸島寄港 マルケサス寄港 ツアモツ島寄港 ソサエティ寄港 |
2005年 | クック島寄港 トンガ寄港 フィジー寄港 キリバス寄港 |
2006年 | マーシャル諸島寄港 マリアナ諸島寄港 小笠原入港(帰国) |
ヨット | 「ハーモニー」Pacific-40 |
乗員 | 夫婦と子供1名の計3名 +犬(10歳)1匹 |
航海期間 | 2002年5月〜2006年まで4年間 |
オープンボート
2002年5月22日の出港を前にハーモニーのキャビンを公開しました。 中はまだまだ整理、整頓中の状態でいろいろな物が所狭しと置かれていました。 その忙しい真っ只中、キャビン内、デッキ周りをジャマをしながら撮ってきました。 Photo & Report Tomio Akira
2002年5月22日 出港の日 和歌浦を出港するハーモニー
いよいよ出港の日がやってきました。
和歌浦ポンツーンには家族、知人、友人、ヨット仲間が見送りに集まり、和歌浦からはバーゴウイナーとウエイクアップの2艇が見送りに伴走しました。
沖に出るとハーモニーは今回の航海用に新調したフルセットのセール・・・出港直前、ギリギリで間に合ったメインセール・・・まだ、フルセットであげたことのないニューセールを初めてあげてテストセーリングをしました。
しかし、たくさんのものを積み込み喫水が何センチも下がったハーモニーにとって、風が微風だったのでちょっと物足ら なかったでしょうね・・・。
2002年5月 『ああ…ついに出港してしまったな…』
Report by Seiko Takada
ゆっくりと遠ざかって行く和歌浦の二重堤防を背に『ふ~っ…』と小さなため息が出た。
2002年5月22日、40フィート(約12m)ヨット船名”ハーモニー” この小さな船に私達夫婦と11歳の娘と犬一匹、数ヶ月分のお米と水、そして思いつくままの備品を積み込んでアラスカを目指す旅に出てしまったのだ…「出発までは、あれこれ気になるけれど出てしまえばすべて忘れるよ。」と、誰かが言っていたけれど…忘れるどころか置いてきた物ばかりを思い出す。航海中魚が釣れたら…出刃包丁がない船酔いで体力が落ちたら使おうと準備していたハチミツも…持ってこなかった。最後まで悩んだ庭に置いていたローブも…、船体の吃水線が沈むほどあれこれ色々積み込んだ筈だけれど
まだまだ置いてきたものに未練は残る。
実は”見送り”の都合上出港日を適当に決めた。だから準備半ば、何もかも中途半端のままホームポートを飛び出してしまったのだ。しかもその日、珍しいことに夫は発熱していた。船内の物品の固定も食料の整理も全然できてない全くの見切り発車…
まあ、そんなことも想定して出航してからしばらくの間は大崎の大和造船に停泊し準備を整えてから
再出発しようと決めていたのだ。
和歌浦を出て1時間後、対岸の裏手、大崎にこっそり入港し点検のため造船所のポンツーンに停泊していたヨット「夢ひょうたん」に横抱きさせていただいた。
こちらの大和造船で旅に出る前に工場を借りてハードドジャーを作らせて頂いたり。今回、コックピットの改造や船窓の補強、などとてもお世話になりました。
夫はここが好きらしくやっと船を舫ってホッとしたのかとても嬉しそうにしていた。ここでの数日間は不十分ながらも船に慣れる貴重な訓練期間となった。これまで私達はヨットで長距離を航海した経験がほとんどない。数日間出かける簡単なシェイクダウンそれさえも、天気を選んで荒れた日は出ない。
船内で調理経験も少ない何もかもが ”これから始める” そんな状態での出港だった…
「夢ひょうたん」の吉本さんから航海中の食事について、
「日本近海は荒れるから航海の数日間は食べやすいものを準備すると良いよ。」 「あのーカステラなんかはどうでしょう?」 「うーん…口の中の水分をすうからねぇ・・・、簡単に飲み込めるビタミン入りのゼリーとかお粥はいいと思うよ」 「ゼリーですか・・・」 「うん。多分3日ぐらいは食べたくないから、スタミナを落とさないようにする工夫をしないとね。」
「3日ですか・・・」
ど素人丸出しの私の質問に答えて下さった吉本さん。内心は、『この人達大丈夫だろうか…』
と、心配していたに違いない…
ここを出たら目的地はアラスカのダッチハーバー。どのくらいのスピードで何週間何ヶ月かかるのか
その間の水や食料はどのくらい必要なのか…
そして”海が荒れる”とはどういうことなのか…
私は何も知らなかった知らなくても大丈夫だと思っていた。何とかなるだろう…
ただ目の前の海が綺麗だったから風が気持ち良かったからこれがずっと続くのだと。そう思っていた…
5月27日早朝、
ゆっくりと私達のヨット「ハーモニー」は、串本沖を流れる暖流”黒潮”の流れを目指し再び帆を揚げた。